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ユキチユウウツ その一

今日も今日とて夏の日。
基祐がいつものように片手でハンドルを切り空を流していると。

「ん、あそこを歩いてるのは静だな」
はるか上空を走る空タクには気づかず、静は熱気でゆがんだ空気の中を図書館に向かって歩いているようだ。

「おや、その後ろに誰かいるぞ。あれは……」
もう一人、静の背後に人の姿があった。電柱の陰に隠れたり、角から前の様子を伺ったりと、なにやら薄暗い雰囲気である。
上から見れば丸見えなので滑稽でもあるのだが、その人物を見定めようと帽子のつばを持ち上げる基祐。
大方多々さんだろう、とタカをくくっていたが、彼が視認したその人物の正体とは。

「ありゃ諭吉じゃねえか」
基祐が口にした「諭吉」という名前。
その本名を「山入端諭吉」という。察しの通り、自治会長を務める山入端重信の息子であった。

*

彼女が苦労して自動ドアを開くと、ふわりと心地よい冷気が身を包む。
その瞬間、自分の身長では反応しにくい自動ドアに対する怒りなど、綿毛のように軽やかに消えていった。
神瀬家の長女、夜である。
まずは貸し出しカウンターに向かい、本を返却する。今日は借りるものがないので、雑誌コーナーに立ち寄り文芸誌と婦人誌を取った。
ソファに座って雑誌を広げる。誌面を流し読みしながら今晩の夕食は何にしようかと頭を上げると、彼女の目に飛び込んできたものがあった。

「──鹿島さんじゃない。調べものの続きかしら」
静はこの落葉ノ原に着てから、多くの時間を図書館での調べものに費やしている。それが結実しているかどうかはさておき。
しかしそれより夜の目線は、もっと後方に向けられていた。彼女が静の存在より遥かに気になって仕方がないものとは──

「諭吉くんね。なに見てるのかしら」
またしても彼の姿であった。
というか、基祐が見た上空からのシーンの直後である。ある意味当然と言えた。

「……鹿島さんを見てる?」
本棚の影に身を潜め、隠された視線を静に注いでいる。
夜は雑誌を閉じた。パッチワークの特集を読むより、かくれんぼの様子を隠れて見ているほうが面白そうだ。
かくして夜は諭吉に、諭吉は静に、静は資料に視線を注ぐという三段活用が、山村の小さな図書館で繰り広げられることになった。

*

ところ変わって、ここは鎌倉坂神社。
大盆を迎える前とあって、いつもはセミ以外の声など聞こえてこない境内が、人の声で賑わっている。

「やぐらはそちらに建ててください──っと、おやおや?」
陣頭指揮を執る神主の男は、見慣れない少年の姿を見止めて作業の手を止めた。
腰よりも低い位置にジャージのゴムを引っ掛けている彼が、じっと見つめる方向があった。その先には。

「基祐さぁん」
型を崩すことなくセーラー服を身に着けている少女の姿があった。
鹿島静という少女は、不良風の少年から熱心な視線を注がれていることには気づかず、祭りの準備でいそいそと働いていた

多々は、ふむぅという謎の吐息を漏らして、首を基祐たちに向けた。
二人は数日前から一緒に作業をしている。見ている限り関係は良好そうで、むしろ距離が近すぎるようにも見える。
静は今もまさに、うれしそうな顔で基祐の腕を両手で引っ張っている。基祐は口をへの字に曲げてめんどうくさそうにしているが、無理に振り払おうとはしない。
少年は、そんな二人の姿もずっと見つめている。

「──おやおや、穏やかじゃないねぇ」
だが彼の両拳は、胸の前で組まれてバキボキと不穏な音を発している。居心地悪そうに体をゆすったり、石畳に唾を吐き捨てたりと、とにかく落ち着きがない。
三〇分ほど時間が過ぎ、がに股で神社を後にするまで、彼はずうっとそうして視線を送り続けていた。

*

今日は神社での作業も休み。出掛けのついでに同乗させた静を図書館に落っことして、のんびりと帰宅する。
自宅前に車を停めると、我が家の門の前に人影が見えた。家の中を覗き込んだり、やっぱり引っ込めたりとせわしない動きをしている。

「なにしてんだオマエ」
「うわっ!」
大げさに驚いて振り向いたのは、山入端さんの息子、諭吉である。ちなみに今年で中学三年生。

「兄貴か。脅かすねい」
「お前が勝手に驚いたんだろが。……で、なにしてんの?」
「いや、まぁ、別に」
「別にってことはないだろ」
「なんでもねえって」
「……わけわからん。とにかく入れよ」
「いや、いい。いいってば!」
「安心しろ。五〇〇〇円ポッキリだから。お茶代」
「高いぜ兄貴!」
軒先で騒ぎ立てる諭吉だが、ところかまわず鳴き散らすセミに比べれば静かなものだ。
しかしだせぇな、こいつのジャージ。黒地に金色の龍の刺繍とか感性疑うわ。

──家の中でも暑さはさして変わらないが、氷の浮かんだ緑茶を見ると、気分的にはいくらか涼しくなる。
ぐいっと飲み干して空になったグラスを盆の上に戻す。カランコロンと跳ねる氷が、日差しを受けて七色に輝いていた。

「で、なんなの?」
「──」
「おい?」
「──」
「こら!」
「え、あ、あぁ! だからなんでもねえって」
そんなに珍しくもないだろうに、家の中をなめるように見渡している諭吉。

「うちのもんに用か?」
「ち、ちげえって」
「じゃあ何で家の中覗いてたんだ」
「……」
「そのまんまノゾキ?」
「違わい!」
諭吉の顔を見ながら思案していると、ふと思い出されることがあった。
先日、空から見たあの光景は──

「もしかして静?」
「げえっ!」
「当たりかよ。あいつに何の用?」
「い、いやあ、別に」
「……お前そればっかりだな」
そろそろ「別に」がゲシュタルト崩壊起こしそうだ。

「わたしも気になってたのよ」
お茶のおかわりを持ってきた姉さんが会話に混ざってきた。

「図書館で鹿島さんのこと、じいっと見てたでしょ。それと関係あるんじゃない?」
「み、見てたのかよ」
「少しだけね」
「くうっ、なんてこったい」
頭を抱える諭吉。いちいち動きが芝居がかってるのがガキらしさの演出に一役買っている。

「ぼくも見たよ」
「そ、その声は……!」
青ざめた表情で窓の方向を向く諭吉。

「気のせいだよ。なあ姉さん」
「そうね」
「ひどいなあ二人とも。今そっちに行くから」
気のせいのはずだが、声が聞こえたような気がして物音が聞こえたような気がした。
がたがたと天井が揺れ、埃が舞い落ちてくる気がする。窓際の換気扇付近から徐々に物音は近づいてきている気がした。

「姉さん。たばこ吸うから換気扇回して」
「はい。ぽちっと」
「あべべべべッ!」
悲鳴が聞こえてくる。換気扇から、フードプロセッサでひき肉を作っているような音がした。いや、気がした。
やがて屋外の排気口から何かが落ちてきた。その「何か」とは、もうわかりきっていることだ。

「なんだこれ」
「さあ、なんでしょ」
「ひ、ひどい……」
やっぱりわからなかった。

*

「あんなところから侵入してくるからだろ」
「普通に入ったって面白くないじゃないか」
「普通でいいんだよ。普通の人間なら」
「ぼくの非凡さをアピールしたかったんだけどなあ」
「……ある意味その目的は十分達してるな」
多々を交えて合計四人。四角い卓に四角く座る。

「だから、ぼくも見たんだって。諭吉くんをさ」
「もうこの話はいいだろ、兄貴」
諭吉は面白くなさそうだが、俺たちは面白いので多々さんに先を促す。

「珍しく神社に来てると思ったら、静ちゃんをじっと見ててね。仲良さそうにしてる基祐くんのことも恨めしそうに見てたんだ」
「ほう……」
「ち、ちげーって! マジちげーって!」
「なんでそんなに静ちゃんの後をついて回るんだい? もしかして……」
「ち、違う! 違うって言ってんだろっ」
「汗のにおいを嗅ぎたいのかい? 後ろをついて歩くことで、漂うものをキャッチしたいんだね」
「それは本当に違う」
真顔になる諭吉。多々さんときたら、相手が誰であろうとこの調子なのか。

「多々さんは黙っててください。つまり諭吉くんは、静ちゃんのことが気になってるのね?」
「……」
姉さんが取りまとめると、身じろぎして顔を伏せる諭吉。無言の肯定である。

「どこがいいんだ? あんなパープリンの」
「基祐くんも案外ひどいこと言うねえ……」
諭吉は少し考え込むと、降り始めの雨のようにポツポツと語りだした。

「明るいし……笑顔がかわいいし……年上だし」
「年上!?」
そこがポイントなのか。この中学生め。

「じゃあ諭吉くんは、鹿島さんとどうなりたいの? 付き合いたいの?」
「そりゃあ……まあ」
なぜか段々と声がぶっきらぼうになっていく。照れ隠しで不機嫌を装っているのが見え見えだ。さすが邪気も恥らう中学生。

「それじゃあわたしたちで、諭吉くんの恋を手伝ってあげましょうよ」
「はあ!?」
今度はこちらが驚く番だった。

「なんでそんなことを?」
「だって応援してあげたいじゃない。諭吉くん、今中三でしょ。もしかして初恋? 初恋?」
「い、いや、違うけど」
「……」
かくんと姉さんの肩が落ちるが、すぐさま取り直して俺に熱弁の矛先を向ける。

「いい? ここで鹿島さんが諭吉くんとくっつけばいいことだらけなのよ。まずひとつ」
人差し指をぴんと立てて俺の前に掲げる姉さん。その爪は短く整えられていて、家庭的な性格が反映されている。

「今は我が家に居候してるけど、諭吉くんとくっつけば、彼女は山入端さん預かりとなるわ。家計が困窮してるわけじゃないけど、それほど楽でもないウチにはありがたい話なの」
「う、うん」
「ふたつ。ウチよりも山入端さんの家のほうがよっぽど情報が集まる環境にあること。それに、山入端さんを通じて行動を起こしやすくなるし、彼女のためにも有益だわ」
「ふむ」
「そしてみっつ」
三本目の指が立てられる。だがすぐにその指を閉じて、姉さんは音がしそうなほど強く拳を握り締める。

「あの泥棒猫をこの家から追い出せるってことよ……!」
「……」
それが一番のポイントらしい。

「手伝ってくれるわよね、基祐も」
「お、おう」
そう答えるしかないぞ、この表情で迫られたら。

「いい機会だし、多々さんも手伝っていただけませんか?」
「え、いいのかい?」
「ただし、もしふざけたり暴走したりした場合、もうあなたとは一生関わり合いになりません」
「わ、わかった。うぅぅ」
姉さんの佇まいがあまりに真に迫っているので、多々さんも萎縮しながら頷いた。

「というわけで諭吉くん。みんな応援してくれるそうよ。あなたの恋!」
「なんかガチ過ぎて怖ぇんだけど……」
「それだけあなたの力になりたいと思ってるってことよ」
「……本当かよ? 打算だろ」
「滅多なこと言うんじゃありませんッ!」
「うひっ!」
「さぁビシバシいくわよ。作戦会議召集!」
なんだか大変なことになってきた。
姉さんが静を貶める算段を立てるという、普段とは逆の構図。しかし今回ばかりは少し静のことが心配だった。

*

「まずは無難に恋文じゃないかしら?」
と姉さんが戦術を打ち立てたので、皆それに賛同して首を上下に振る。
当の諭吉だが、どうにも乗り気でないらしい。古くさい、恥ずかしいなどの不満を漏らす。

「第一、作文なんか書けねえよ。昔から苦手なんだ」
「手伝ってもらってるのに文句ばっかり言うんじゃありません!」
「うへっ」
ぴしゃりと言葉を打ち付けられる諭吉。無理やり手伝わされているのに、主従関係が出来上がってしまっている。

「それなら文面はわたしが考えるわ」
「字も汚いんだよ、俺」
「……しょうがないわね。全部わたしがやってあげるから、あなたは渡すだけでいいわ」
一から十まで他人に任せっきりの恋文なんて聞いたことないぞ。

「基祐、紙と筆を」
もうすっかりその気である。
こうなったらやりたいようにやらせてやるのが一番か。

「──よし、できたわよ」
さらりと文をしたためると、できた手紙を諭吉に渡す。
諭吉は代筆された恋文を軽く眺めると、こう呟いた。

「読めねえ」
「はい?」
「だってこんな字、知らん」
諭吉が手紙をこちら側に向ける。そこに書かれていたのは、流麗な筆書きで綴られた文章だった。

「これは『そうろう』よ」
「そ、早……?」
「候」
「そ、候か」
諭吉が指先でなぞる文章は「お慕いして候」と書かれている。
にしても達筆だな、これ……。

「文章はばっちりよ。平安時代の歌人にも負けないくらい色っぽいものを書いたから」
「大丈夫なのかよ……」
「太鼓判を押すわ。いいからこれで行ってきなさい」
半ば押し付けられるように恋文を渡された諭吉は、不安と緊張、そしてほんの少しの期待をこめた瞳で出陣していった。

「本当に大丈夫なのか?」
「わたしは本気で諭吉くんの恋を応援してるもの。大丈夫よ」
ぱっちりとウインクしてみせる姉。ただし、その後に一言付け加えてこう言った。

「わたし自身のためだから」

*

──おおよそ三〇分後。
そろそろ諭吉の戦果が現れてくる頃かと思っていると、騒々しい足音が二つ、急に近づいてきた。

「基祐さんっ」
ふすまを遠慮のない勢いで開いて姿を現したのは、渦中の女、鹿島静である。
用件は半分察しているが、そしらぬ顔してどうしたのか聞き返した。

「手紙、ありがとうございます!」
「は?」
「書いてることは半分もわかりませんでしたけど、あたし感動しました」
なにに感動してるのか知らないが、なぜか俺の両手をがっしりとその手で包み込んでくる。

「差出人のないラブレターなんて素敵なサプライズ……ありがとうございます」
「……なんだって?」
もしかして諭吉のやつが失敗したのだろうかと思い始めたとき、当の本人が遅れて姿を現した。

「あ、兄貴……!」
狼狽を隠せずに、どうしたらいいかわからないという体で俺にすがり付いてきた。

「どうなってんだ、これ」
「あの手紙、差出人の名前がなかったんだよ」
「え?」
「だからあの子、俺の手紙じゃなくて兄貴が出したものだと思い込んで……そしたらこの様だぜ」
「なるほど……」
なんて思い込みの激しい、そして都合のいい解釈をする女だ。
──チラリと手紙を書いた人物に視線を送ると、彼女は吹けもしない口笛を吹こうと必死で口先を尖らせていた。

「よくわからない内容ですけど、気持ちは伝わりました。なんていうか、暖かい気持ちが……」
「お前バカだろ」
そろそろ現実ってやつに目を向けさせなきゃならん。

「ところでこれ、なんて読むか知ってるか?」
「はい? ええと……」
「そうろうって読むんだ」
「そ、早……?」
勘違いの仕方が中学生とまったく一緒である。だがこの場合はかえって好都合だ。

「俺がそんな下卑た内容の手紙を書くわけないだろう」
静に勘違いさせたまま話を進行させる。

「い、言われてみれば……」
「となれば必然的に犯人はひとり。つまり……」
「ごくり……」
「この手紙は多々さんの仕業だったんだよ!」
「な、なんですってぇ!?」
と驚くや否や、俺の手から流麗な文字か綴られた紙を奪い取る静。

「フンッ!」
そして何のためらいもなく、それを引きちぎった。

「フンッフンッフンッ!」
しかも一回ではなく、一度ちぎった紙を重ねてもう一回、更にもう一回、もう一回──

「ぜぇ、ぜぇ」
数え十六回ほど千切りまくり、もはや紙というより粉になったそれがはらはらと床に舞い散る。まるで桜のように。
そのピンチ力があれば五〇〇円玉くらい軽く曲げられそうだ。

「わたしは何も見ませんでした。そうですよね?」
「お前がそう思うならそうなんだろう」
お前の中ではな。

*

「さて、手紙作戦はわたしの不手際でいきなり失敗に終わってしまいました」
静がいなくなったので、また卓を四人で囲んで会合が始まる。

「次の案を募集したいと思います。では基祐」
「え、俺かよ」
「もう他にいないのよ」
「ぼくのこと忘れてないかい」
「何かないの? 基祐」
多々さんが存在感を示そうとするが、まるで取り合わない姉。

「俺がそういうのに疎いって知ってるだろ」
「いいから」
「無理やりだなオイ」
そうだなぁ、恋を叶える方法ときたら、俺が知ってるのは……。

「これだな」
おもむろに食パンを取り出した。

「食パンでなにしようってんだ」
諭吉が目を細めて俺を見る。

「こいつを咥えろ」
「咥える? まさか……」
「いっぱい食べて力つけてがんばれよ!」
「ただのエネルギー源かよ!」
というのは冗談で。

「王道で攻めたらいいんでない? 静がどこの角にいるかは、俺が空タクで上から見ててやるから」
「……ハイテクなんだかローテクなんだかわかんねえ方法だな」
というわけで次なる指針は定まり、今度は俺を中心として行動が開始された。


続く
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  1. 2013/01/29(火) 01:38:09|
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