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基祐と酒



木目調の重厚な造りの戸棚を開く。
その中には色とりどりの液体が詰められた、洗練された意匠のボトルが数多く収納されている。
彼はその中にもう一本の瓶を新たに収め、一人口元を緩めていた。

「またお酒買ったんですか?」
「悪いかよ」
「そうとは言いませんけど。何本持てば気が済むんですか」


居候の少女に口を尖らせられ、青年は軽く舌打ちした。
消耗品とは言え、一度に大量を消費するわけでもない。置いておいても価値は下がらないし、長く楽しめるのだからいいだろうというのが彼の主張だ。
しかしそうした考えはアルコールを楽しまない女性には通じないらしい。彼のコレクションが一本、また一本と増えていくたびに、眉間の皺も同じ数だけ増えていく。これもいつもの光景だ。

「で、今度はなんですか?」
「話してもわからないだろ」
「あ、馬鹿にしましたね?」
「シングルモルトでアイラモルトのラフロイグ10年、並行輸入版だ。ピート香とクレゾールにも似た匂いがするプレミアムスコッチ」
「……」

静の耳には、基祐の言葉が日本語として聞き取れなかったに違いない。口が「え」の字のまま固まっている。

「ずるいですよ!」
「な、なに?」
「わざとわからないように喋ったでしょう、今!」
「うん」
「認めやがったなあ、このやろう」

拳を軽く握ってシャドーの真似事をする静だが、基祐はただ面倒くさそうな顔をするだけでそれに答えた。

「そうだ、わたしにもなにか飲ませてくださいよ」

基祐の表情など意に介さず、矢継ぎ早に言葉を生み出す静。

「なにかって……なに?」
「なにかはなにかですよ。オススメとかありません?」
「オススメねえ……」

彼は気の乗らない返事をしながら椅子に体を沈めた。使い込んだ革製の椅子から、ギシリとスプリングの軋む音がする。

「オススメって単純に言われるとな。難しいよ」
「じゃあなんて言えばいいんです?」
「せめて、カクテルだとか清酒だとか蒸留酒だとか。蒸留酒ならウイスキーなのかラムなのかジンなのか、とかな」
「甘いのがいいです」
「……なるほど」

ざっくりとした要望を受けて、基祐は棚から一本の瓶を取り出した。
白と水色の包装紙で包まれた、細身の中瓶である。

「甘いんですか?」
「甘いぞ。しかも大人気だ」
「どれどれ~」

興味深そうに瓶をとり、ラベルを見る静。そしてそれを読み上げる。

「カルピス」

手短に読み終えると、瓶をゆっくり棚の中に戻した。

「……」
「甘いだろ?」
「だってカルピスじゃないですか! しかも原液!」
「大人気だろ?」
「知ってますよ!」

階下にいる夜が顔をしかめるような大声で、静は基祐に詰め寄った。

「あたしが言ってるのはお酒のことです!」
「酒だぁー?」
「なんです、文句あるんですか」
「だってお前、未成年だろ」
「基祐さんは十六の頃から飲んでたって、夜さんから聞いてますけど」
「……こっちの落葉ノ原は、十六から飲酒オウケイなんだ」
「んなわけありますか! じゃああたしだってオッケーじゃないですか」
「戸籍もない人にはちょっとねえ……」
「ひどすぎるっ!」

そよ風のように静の攻撃を受け流す基祐に、彼女は最後の刀を抜いた。

「だって今は、本編から二年後の話ですよ」
「あん?」
「たった今、そういうことにしました。つまりはあたしはハタチです」
「え、なに、うそっ」

基祐が慌てて周囲を見渡すと、たしかにそこはすべてが二年後だった。
カレンダーは二六〇二年になっているし、いつも彼が仕事で使っている革かばんも、より年季の入った色合いに変化している。
気がつけば髪も大分長くなっているようだった。

「でもお前はさっぱり変わらんな」
「身長は伸びてますよ?」
「いや、そこじゃなくて」
「だって基祐さんが触ってくれないから」
「……負けました」

やっぱり変わってない、基祐の正直な感想だ。

「んで、甘い酒がほしいのか?」
「はいはい」
「じゃあ真面目に……これだな」

取り出したのは白色のラベルに包まれた瓶。先ほどと同じような色合いから判断したのか、静は警戒するように目を細めた。

「マリブってんだ」
「マリブ?」
「ココナッツリキュールの代表格。なにと混ぜても美味いし、飲みやすくてオススメだ」
「へえー……」
「氷とグラス持ってくるから、ちょっと待ってろ」

静が瓶をしげしげと眺めている間に、基祐は椅子から腰を浮かした。
するとちょうどそのタイミングで戸がノックされ、向こうから声が届いた。

「開けるわよ」
「おう」

姿を表したのは、もちろん神瀬家の家長、夜である。
何故かお盆を抱えており、その上にはグラスが三つとアイスペール、乾物を中心としたツマミが用意されていた。

「どうせ必要になるだろうと思って持ってきたわ」
「聞こえてたのか」
「そうね。わたしもいつの間にか二六歳よ。……はぁ」
「……」

年長の女性ならではの、哀愁ただようため息である。
そして当然だが、彼女の見た目も全く変わらない。なるべくしてそうなっている。

「ミルク、あるか?」
「はい」

基祐が一言頼むと、さっとそれに答えて牛乳を差し出す夜。

「マリブなら、ただミルクを混ぜてステアするだけでいい。家で作れるカクテルなんて大体そんなもんだけどな」

説明しながらも手は動き続け、大きめのロックアイスがゴロゴロとグラスの中に転がされる。
そこに透明の液体、マリブが注がれ、更に牛乳が入る。

「氷は大きめがいい。溶けにくくてよく冷える」

最後にマドラーで十分な回数をかき混ぜて、静の前にグラスが鎮座することになった。
一見するとただの牛乳のような見た目だが、香りが決定的に異なる。静もそれに気づいて、小さく歓声を上げた。

「すごい。いい匂い」
「酒って匂いの飲み物だからな」
「へええ。じゃあ頂きます」

両手でグラスを持つと、彼女の手のひらに心地よい冷たさが伝わる。鼻先まで持って行くと、ココナッツの繊維、一筋一筋まで思い起こされるような明確な香りに、自然と感嘆の声が上がる。

「――あ、美味しい」
「ふむ」

なにが「ふむ」なのか。しかし基祐はどこか満足気な表情をしている。
静は頷きながら、一口、また一口とグラスに唇を寄せている。

「基祐、わたしにもなにか頂戴」
「平気なのか?」

というのは、夜は下戸だからである。今までに夜が自分から進んで酒を飲むという機会は、そうそう無かったのである。

「たまにはね。それに一人シラフも悲しいもの」
「そう。どんなのがいい?」
「甘すぎないのがいいな。それと、薄めにね」
「わかってる」

夜の味覚は外見に反して大人びている。そのあたりを考えて、基祐が取り出したのは。

「電気ブラン、トニックでどう?」
「任せるわ」
「じゃあ瓶のシュウェップスで割ろうか」

スラスラと品を定めて、それぞれを用意する。
静の場合と同じく、氷で満ちたグラスに、ウイスキーにも似た琥珀色の液体が注がれる。
そこにトニックウォーターが、泡を抑えるようにグラスの縁を伝って注がれた。
その溶液を、マドラーで丁寧に混ぜれば完成である。

「香りは……あまり強くないわね」
「炭酸だしな」
「前もシュワシュワするカクテル作ってくれたよね。――頂きます」

以前――そのときは基祐とふたりきりで飲んだ時のことを思い出しながら、夜は久しぶりのアルコールに口をつけた。

「あら……香りのわりに味は強いのね」
「薬草系の味だろ」
「うん。でもこういうの好きだから、これも美味しいわ」
「前にカンパリ飲んだとき、美味いっていってたよな。だからこれもイケるだろうと思って」
「そうだっけ? よく覚えてるのね。自分でも覚えてなかったのに」

基祐はハッとしたように目を開き、そらすように視線を横に流した。
まだアルコールが回っていないにも関わらず、夜はおかしそうにそれを眺めていた。

「……俺も飲もう」
「どれにするの? 注いであげる」
「じゃあ……クラガンモアで」
「クラ……どれ?」
「右奥に入ってる白い箱」

夜が言われたとおりの化粧箱を取り出しているところに、横から声がかかる。

「ラロッカじゃないんですか?」
「なんだよラロッカって。ラフロイグのことか?」
「そうそう、それロイグです」

静は、基祐がにやけ顔で仕入れたきたばかりの酒を飲まないことに違和感を覚えたようだ。
つまみのタートアップルを口の中でくちゃくちゃ噛みながら彼と視線を交わす。
それにしても基祐の応答もたいしたものだ。なかなか「ラロッカ」と「ラフロイグ」を結びつけるのは 難しいだろうに。

「今日はみんなロックだろ。合わせようと思って」
「基祐さんもロックで飲めばいいじゃないですか」
「初めて飲む酒は、テイスティンググラスを使ってストレートで飲む主義なんだ」
「……なんです? それ」
「こういう、ワイングラスみたいな形のグラスがあるんだよ。モルト用のな」

両手を使って宙に形を描きながら語る基祐。
ははあと呟き頷く静だが、実際どれほど伝わったのか基祐にはわからなかった。

「ラフロイグはまた今度。あとオールドパーを出してくれ」
「これね?」

返事をしながら夜が取り出したのは、ひび割れたようなデザインの瓶に、立派な白髭の老人が描かれた ラベルのウイスキーだ。

「オールドパーの原酒にクラガンモアが使われてるんだ。言わば親子だな」
「へえー、そうなんですか」
「親子そろえて一緒に味わうってのもオツなもんだろ?」
「あたしのお母さん、もう閉経間近ですけどいいんですか?」
「お前のオカンなんか知るか!」

ついつい自分の親を当てはめて想像してしまった基祐は、危うく瓶を持つ手を滑らせるところだった。
鼻息ひとつ鳴らして気持ちを整えると、右手でコルクに手をかける。
力を入れすぎないようにじわじわと蓋を開く。やがてぽぬっという音がしてコルクが抜け、同時に香り が瓶の口から漂い始めた。

「基祐」
「あ、うん」

夜が両手を差し出すと、その小さな手のひらに瓶を渡す。
替りにと言わんばかりにグラスを差し出した基祐に向かって、夜はそっと瓶を傾けた。
「おっと、そのくらいで」

琥珀を溶かし込んだような液体が、ちろちろとグラスの三分の一程度まで注がれる。
封を切ったばかりの瓶特有の、いわゆる「トットット」という音も基祐は好きだが、あの音は最初の一 杯でしか鳴ることはない。瓶内の容量が少しでも減ってしまうと鳴りにくい音だ。
そういった限定的な音よりも、二杯目、三杯目と継続して聞くことができる小川のせせらぎのような音 のほうが、基祐としては好みだった。
ついでに言うと車のエンジン音でも、彼はアクセルを開いたときの豪快な音より、ハンチングが収まっ た頃の低く定常的に響く音のほうが好きらしい。

「──くぅっ」

基祐が多めの一口をの喉奥に流し込むと、こらえきれずにしかめた面から息が漏れた。
その色が示すとおり、雑味のないライトな味わい、その割には主張の強いピート香が彼の喉から鼻に抜 けていった。

「うめえ」
「一気は体に毒よ」
「ロックじゃん」
「一口で飲んでるんだし、ショットと同じじゃない」

夜の苦言など慣れ親しんだことなのか、どこ拭く風で二杯目を注ぐ基祐はすでに手酌である。
クラガンモアからアンノックにボトルを変え、ミネラルウォーターですすいだグラスに注ぎ込む。

「ん、ふぅ」

菌糸類のようなため息を漏らす基祐の口内は、フルーツやシロップを思わせる爽やかな甘みで満ち満ち ていた。
先ほどとはまた一風変わった味わい。飲めば飲むほど感じられる風味の違い。合わせるつまみによって もそれらは変化の色合いを見せる。
画一的に見えて千差万別。それが基祐をモルトウイスキー、特にシングルモルトのスコッチに魅せつけ てやまない理由だった。

「とろろで、これ以外のお酒はないんですか」

静が空になったグラスを掲げてみせる。若干ろれつが回っていないが、顔色はまだ頬紅をつけた程度の 色味である。

「じゃあマンゴヤンとか。飲むヨーグルトと混ぜるとウマいぞ」
「マンゴー?」
「そう。あとはベイリーズなんてどうだ。クリームのリキュールなんだが、コーヒーに垂らしてもイケ る」
「コーヒーに入れるカクテルなんてのがあるんですか」
「んでコレだな、モーツァルト。チョコレートリキュールで、ココアを濃くしたような味だ」
「ええと……」

静は、口元に当てていた指先を移動させ、基祐が提示したボトルをそれぞれ順番に指差した。

「マンゴーにクリームを入れて、最後にチョコレートで味付けすればいいんですネ?」
「それは混ぜなくていい」

どうやら顔に出ないだけで、静は意外とアルコールに侵されているようだ。
気づけば、既に夜は丸めた座布団を枕に寝息を立てていた。三杯目のカンパリがグラスに三分の一ほど 残されたままだ。

「なんか眠くなってきましたあ」

頭を振り子のように左右に降らせていた静も、呟き一つ残してたたみの上に寝転んでしまう。
もう起き上がってくることはないだろうな、と基祐は思った。大き目の夏掛けを広げて、二人の上にそ っとかける。

「……」

またもボトルを変えて、締めのシーバスリーガル十八年を登場させる基祐。
寝転んですうすう寝ている二人を見ると、つい目が細くなっていくのを自覚せざるを得ない。
なんのかんの言って、俺は今の生活が気に入ってるらしい。一人そう考える基祐だった。

──落ち着いた気持ちで上質な酒を味わっていると、彼の元にも眠気がやってきてその肩を叩く。
静たちに遅れること三十分ばかり。基祐は枕を小脇に抱え、忍び足で居間へと降りる。
部屋の電気も点けないまま枕を放り投げると、その上にどっかりと沈みこむのだった。


「──基祐さん、起きてください」
「う……?」
「もうお昼前ですよ。起きてくださいってば」
「あ、あぁ……」

体が揺さぶられる感触と呼び声に、基祐の意識がゆっくりと形になっていく。
彼に前にあったのは、のん気な表情の静と、調理にいそしむ夜の後姿。いつもの光景である。

「どうしました? ボーっとしちゃって」
「いや、な」
「なんですか」
「文字通り寝落ちだな、と思って」
「寝オチ?」
「あぁ」
「……基祐さん、センスないですよ」
「俺もそう思う」
本当に申し訳ありません。
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  1. 2012/08/20(月) 23:31:31|
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