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基祐の職業体験記

いつもと変わらない、落葉ノ原のとある夜更け。
ここにあるのは至って普段通りの生活。
静はごろ寝しながら雑誌を読んでいる。
夜はねぎぼうず型の昔ながらの針刺しを使い、裁縫の最中。
基祐は随分前に買った洋酒を、しみったれたつまみをアテにちびちび飲んでいる。
今回はそんなのんびりとした時間が舞台である。
――カランという、グラスの中で氷が崩れる音。それをきっかけにしたのか、静が基祐の方に視線を向けた。

「ねえ、タクシーの運転手ってどういう仕事なんですか?」
「どういう? どういうってどういう?」
「や、あの、あたしタクシーとか使ったことないし、どういうことしてるのか全然知らないし」
「ふうん。まぁお前が想像してるのと大差ないよ、多分」
「仕事中に起こった面白い話とかありません?」
「案外無茶振りするのな、お前も。そうだなあ――」
基祐は視線を上に向ける。手元のグラスは既に空だ。


*

時刻は深夜に差しかかろうかという頃。基祐が落葉ノ原のとなり町で客待ちをしていると、一組の男女が車に向けて合図を送った。
停車する空タク。走るときはもちろん空を滑るこの車だが、客待ちのときは地上を運転することのほうが多い。夜間は特にそうだ。

「ご利用ありがとうございます」
基祐がドアを開けると、乗り込んできたのは中年の男性とホステス風といった感じの女性。香水とアルコールの臭いが車内の空気を侵食する。

「四番街の方に」
男性が行き先を告げる。
四番街には夜のホテル街が広がっている。
この時間帯にそこを向かうということは、お持ち帰りということか。若くないのに頑張るな、そんな風に思った基祐だが。

「わかりました、四番街ですね……って、あれ?」
ミラーに写った男性の顔を見て、つい声を漏らしてしまった。
ミラー越しに視線があった男性の方も、基祐に一瞬遅れて気がついた。丸くなった二人の目を、きょとんとした顔のホステスが見比べる。

「いやいや、まさか基祐くんとはね。驚いた」
立場上余計なことを言えない基祐が黙っていると、男性の方から口を開いた。

「見なかったことにしてくれよ。特に家内には」
「わかってますよ。ええと、そちらの方は?」
「見たまんま。俺が世話してやってる子だよ」
無言で頷く基祐。『見たまんま』とは、誰がどう見てもわかるように愛人、ということだろう。

「さすが、米屋は潤ってますね」
「お陰様で。黙っててくれたら、新米がとれた時にうまいもちを食わせてあげるよ」
「はは、それはどうも」
「喋ったりしたら、君んちにはもう卸さないからね」
「はは……」
落葉ノ原で米を売っているのは、この男性がやっている米問屋のみ。そこでしか米が買えないから米屋は儲かるし、影響力も強い。
自治会長の山入端はこの米問屋と旧知の仲で、人と食の二大権力を用いて落葉ノ原を牛耳っているとかいないとか。

「おっと、ここでいい」
しばらく空にエンジン音を響かせた後、米屋の男性が制止の声をかけた。

「四番街はもう少し先ですよ」
「いい。そこまで見られるのは気が引ける」
今更なにを、と思う基祐だが、そこは素直に従って高度を下げる。
地上に降りたところで米屋は運賃を支払い、女性の手を引きながら車を降りた。

「ありがとうございました」
「お疲れ様。基祐くんもがんばれよ」
そう言葉を残して、女性に寄りかかられながら米屋は夜の街へ消えていった。
なにを頑張れというのか。甲斐性は認めるが、あまり参考にはしたくないな。そんな感想を抱いた基祐だった。

*

グラスにウイスキーを注ぐ。やや薄い琥珀色の液体が揺れるのと同時に濃厚な香りが鼻を刺激する。
ダブル程度の量を注いだところでコルクの蓋を閉める。ラベルと化粧箱には「GLENLIVET」と書かてれいる。

「ははあ、浮気現場に遭遇、ですか。でもいいんですか? 喋らないように言われてるのに話しちゃって」
静は、基祐がつまんでいるドライフルーツを横からかっさらいながら尋ねた。

「実はこのあと、米屋のおっさんの浮気がバレてな」
「えっ、まさか基祐さん……」
「違う違う。……いや、違わないか?」
グラスに鼻を近づけ、鼻孔を広げながら香りを楽しむ基祐。常温から氷で冷やされていくウイスキーの様子が、彼の手のひらにじわりと伝わる。

「どういうことです?」
「その後、別の日だが……米屋の奥さんに詰め寄られてな。ウチの旦那を乗せなかったかって」
「ははあ」
「どうも旦那のほうが、俺の車に乗ったってことを喋ったらしい。もともと浮気を怪しんでた奥さんは、旦那が朝帰りした日のことを俺が知ってるものと察知したみたいだな」
「あちゃあ……」
「最初は黙秘してたが、またもや『喋らないと米売らん』の脅しでよ。喋ったら売ってくれるっていうから、仕方なく」
「包み隠さず?」
「だって怖えんだもん、米屋の奥さん……」
「それは修羅場ですねえ」
「あのデカい米問屋が潰れるかと思うくらいの大声で喧嘩してたぜ。まぁ旦那が平謝りしてなんとか収めたみたいだが」
くいっとグラスを傾け、一息に酒を飲み込んだ基祐。吐き出した鼻息が酒臭く、静は人知れず眉をひそめた。

「仕事で行くのは、大体この近くなんですか?」
「いや、色々行くよ。最近だと東京にも行ったし」
「東京? なにしに?」
「馬喰町まで。姉さんの仕事さ」
「ばくろちょう……?」
「日本橋のあたり。衣料品関係の問屋街があるんだよ」
基祐がそう言ったところで、黙って繕い物をしていた夜が針を置いた。

「あそこは楽しかったわね。行ったのは仕事でだけど、仕事を忘れちゃうそうになるくらいだったわ」
「凄いはしゃいでたもんな、あの日」
静の方に向き直りながら基祐は続ける。

「最近出来たネズミーランドとかってところに行ったときですら、あんなに楽しそうにはしてなかったな」
「そんなにですか? はしゃぎまわってる夜さんって想像しづらいです」
「小学生が楽しくて騒いでるって思えば分かりやすいだろ」
「あ、なるほど」
「ゴホンッ!」
わざとらしく咳払いをした夜だが、顔に赤みが差していていまいち威厳に欠ける表情だ。

「わたし達にとって馬喰町はメッカだけど、それよりある意味驚いたのが秋葉原ね」
「ああ、最近なにかと話題の?」
静にも聞き覚えはあるようで、夜の言葉に耳を傾ける。

「まさか電気街にあんなに衣料品が売ってるなんて。しかも普通の店には売ってないような珍しいものが」
「珍しいもの?」
「そう。作りは雑で見るべきところはないんだけど、ずいぶん面白い意匠のものが、また安く売ってるのよ」
珍しいものを見たという興奮が、未だに夜の中に残っているらしい。彼女にしては語り口にずいぶん熱がこもっている。

「参考までに何着か買ったのよ。今着てるコレも、ちょっとその様相を取り入れてるの。ほら、このあたり」
身に纏っている和服の縁取りを指でなぞる夜。自分で仕立てたこの服は、彼女自慢のこの世に一着だけの品だ。

「その買った服って、どんな感じなんですか?」
「白と黒を基調に、前掛けのようなものが付いてるの。全体的にすごくひらひらしてるわね。今度見せてあげる」
「はい、是非!」
「ただ……」
言いよどむ夜の表情は、先ほどとは打って変わって陰鬱なものになっている。

「あれを着て一度出歩いたんだけど、すごく嫌なことがあって」
「嫌なこと?」
「そう。……多々さんが、しつこく付いて回ってきたのよ。不謹慎なことを言いながら」
「不謹慎……ですか」
「わたしのどこが死人に見えるのか、『冥土、冥土』って。まったく失礼しちゃうわ」
「もしかしてその衣装、どこかの国の死に装束なんじゃないですか?」
「それにしては派手な装いなのよね。多々さん、何かの勘違いしてるんじゃないかしら」
「……」
そんな二人の会話のずれを知っているのは、この中では基祐だけだった。
彼だけは多々から真相を聞いて知っていたからだ。「冥土」と言う言葉が示すのは、あの世という意味ではないと。

「でも東京に行ったあの日、めんどくせえことがあってさ」
思い出したことがあって、基祐は二人の会話が切れたところで口を挟んだ。

「あの日は東京まで出てたし、帰りに姉さんを送っていかなくちゃならないから、そのままそこで仕事してたんだよ」
「タクシーの仕事ですか?」
「そう。都内は空の交通規制が厳しいから、ずっと歩きだったけどな」
空タクの運転手は、地上を走ることを指して「歩き」という。「走る」とはもっぱら空中を行く場合を指すからだ。

「都内の道なんて知ってるんですか? こんな田舎の運転手が」
「タクシーの運転手から道路の知識を取ったら、あとは何が残るんだよ」
「はあ……」
普通に「知ってる」と言えばいいのに。そんな風に思いながら静は基祐を見る。

「んで都内を歩ってたんだが、乗せた客が急に『やっぱりそこを左に』って言い出したんだ。昭和通りを北に進む、晴海通りとぶつかるところで」
「具体的な名前出されても、あたしたちわかりませんよ」
「……あっそう。そこは左側の車線が左折専用で、交差点付近はオレンジラインになってるんだが、空いてるからまぁいいかと思って車線変更したら、だよ」
基祐は少し力を込めてグラスを卓上においた。硬質的な音が熱帯夜のぬるい空気を揺るがす。

「たったそれだけのことで空白が来やがった! ったくむかつくぜ!」
「そらしろ?」
「白バイのことよ。基祐と同じで、飛べるの」
疑問符を浮かべる静に、すかさず夜が補足する。

「こっちは客商売で、仕方なく車線変更することだってあるんだ。道が混んでるならまだしも、そのときは空いてたんだ。誰に迷惑がかかるわけでもねえってのに!」
段々口調が激しくなっていく基祐。酒が回りだしたのも影響しているのだろう。

「路肩に寄せられて、『はい免許見せて』だと? したり顔でなに言いやがるってんだ。客は知らん顔して車から降りちまうしよお』
まくし立てる勢いのままに、空になったグラスに別のウイスキーを注ぐ。今度は「ROYAL SALUTE」と書かれた磁器製の瓶だ。

「今思い出しても腹が立つぜ。終いには『安全運転でお願いします』とか言いやがって。あの運転のどこが危ないっていうんだよ! だったら暴走族のアホどもを捕まえろってんだ。奴ら、無免許の暴走族は捕まえても点数にならないから相手にしないんだぜ! そういう連中を放っておいてまともな運転してる一般市民をコソコソと影から覗き見て、ちょっと違反したらその瞬間に――!」
「はいはい、そのへんにしときなさい」
夜の静止を受けて、しぶしぶ口を閉ざす基祐。高級そうな瓶から、またドボドボと酒を注いだ。

「警察の方にお世話になることもあるんだし、そう悪く言うものじゃないわよ」
「けっ、奴らの世話になんてなるかよ」
「最近はタクシー相手の強盗も多いっていうじゃない。そういうのにあったらどうするのよ」
「強盗……? あぁ、もう遭ってるよ?」
「ええ!?」
夜と静が同時に声を上げ、腰を浮かした。

*

年末も近づいてきたこの頃、基祐の仕事はいつにも増して忙しかった。
給油する回数も平時のそれとは段違いだ。走行距離も加速度的に増していく。嬉しい一方、自前の車で営業している身としては走行距離が増えていくのは悩みの種だ。
仕事帰りのサラリーマンを送り届けて人気のない郊外を歩いていると、ヘッドライトが手を上げている人影を照らし出した。
手早く近づき扉を開ける。乗り込んできたのは深く帽子を被りこんだ男性。

「どちらまで?」
「峠の方に……」
問いかけに男は小さな声で応じた。
基祐はどこか妙だと思いつつも車を出す。こんな時間に峠に向かってなにをしようというのか?
やがて車は高度を上げ、風を切る音が車内からでもよく聞こえるようになる。高さは一五〇フィートといったところか。

「運転手さん、この時期忙しいですか?」
と、ふいに男が口を開いた。基祐は相手から話しかけてくると思っていなかったので、少々面食らった形で返答する。

「ええ、ぼちぼちです」
「儲かってるんじゃないですか? かき入れ時でしょ」
「そうでもないですよ。自営じゃないから安定もしないですし」
「……」
それっきり男は黙ってしまう。仕方なしに基祐の方から語りかけても、返事は曖昧で会話が成立しているとは言えなくなった。
基祐は「妙だ」という最初のイメージを次第に強くしていく。先程からミラー越しにやたらと男と目が合うのもおかしい。まるでこちらの様子を伺っているかのよう――

「おい、止まらずに聞け」
男はシートベルトを外して立ち上がった。後部座席から身を乗り出して、運転席の基祐に何かを突きつけた。

「金を出しな。おとなしくしてれば何もしない」
「なっ……」
付きつけられているのは刃物だった。基祐からは見えないが、果物ナイフ程度の大きさだ。

「今日の売上があるだろう。そいつを寄越すんだ。早く!」
自分のやっている行為に段々興奮してきたのか、男の声が大きくなる。
そのときだ。

『こちら自動車運転安全協会、こちら自動車運転安全協会。どうぞ』
無線機から声が聞こえてきた。基祐の応答を求めている。

「ちっ……返事をしてやれ。ただし俺のことを喋ったら殺すぞ」
「……はい、こちらイの二三六番車。聞こえてますどうぞ」
基祐がやや遅れて答えると、無線機は所々にノイズを挟ませながら声を送ってくる。

『近頃タクシー運転手のマナー違反が多くなってきているそうです。道交法を守って正しい運転をしてくださいどうぞ』
「正しい運転了解しました。マナー向上に努めますどうぞ」
『連絡事項は以上です。現在はどのあたりを走行中ですかどうぞ』
「現在、県内北部を走行中。峠方面に向かうお客様を送っているところですどうぞ」
『了解しました。そちらが終わり次第、東部のハ地点へ向かってくださいどうぞ』
「ハ地点了解しました。こちらが済み次第連絡します。以上」
ブツッという音と共に無線は切れた。
基祐の対応に満足したのか、犯人は鷹揚に頷いて要求を続ける。

「偉いじゃないか運転手さんよ、しっかり言いつけを守ったな。じゃあもう一つの言いつけも是非守ってもらおうか」
「もう一つの、って?」
「決まってんだろ、金だ! さっさと出せ!」
「あぁ……金ね。うん」
「なにモタモタしてんだ! ぶっ殺されてーか!」
「いや、お客さん、シートベルトしないと危ないよ?」
「ベルトだぁ? てめぇふざけてっと本当に――んがあ!?」
言い切る前に、犯人は天井に思い切り頭をぶつけていた。
基祐が思い切りレバー引き、高度を一瞬にして五〇フィートにまで下げたのだ。

「空タクに乗るなら、シートベルトは絶対にしておかないとこういう目に遭うよ」
「てめっ、なにを……おわああ!」
今度は両手を使ってハンドルをグルグル回し、きりもみ状態で横に移動する。
シートベルトをしていない犯人は、シェイカーの中でクラッシュされる氷のようにあちこちに頭を打ち付けている。

「ちょっ、てめっ、この、と、止めろ! 止めないと殺すびょ!?」
最後は舌を噛んだらしい。この状況で喋れば、ある意味当然の結果といえる。
もう車内はシッチャカメッチャカだ。平然としているのは、それを自分自身で行なっている基祐のみ。

「あああああ!? とっ、止めろおおお!」
犯人の叫びは止まらず、基祐のアクロバット飛行もまだ終わらない。
そんな阿鼻叫喚の光景が車内を支配すること、約五分。

「おっ、落ちるううううわああっ!」
最後の超高高度フリーフォールで今日一番の絶叫を上げさせた後、空タクはようやく停止した。

「着きましたよ」
「はぁはぁ、やっと止まったか……この野郎、舐めた真似しやがって」
「お金の話はこちらの人としてください」
「あんだと? この期に及んでまだ無事で済むと――」
「警察だ。降りろ」
「へっ?」
ドアが開かれ、外からそんな声が聞こえてきた。
犯人が慌ててあたりを見渡すと、周囲には何人もの警察官が控えていた。

「ここは警察署の屋上。さっきの無線は緊急用の通報装置だったんだよ」
「なっ……そ、そんなあ」
ガクリと肩を落とす男を、警察官が引きずり降ろす。そのままズリズリと引きずられるように署内へと連れていかれた。

「怪我はありませんか?」
警察官の一人が基祐に尋ねる。

「ないよ」
「そうですか。ご協力ありがとうございます」
「礼なんかいらんから、交通違反の罰金安くしてくれよ」
「はっ?」
「必要があったら呼んでくれ。それじゃ」
「うわっ!」
警察官の話が終わったか終わらないかのうちに、基祐はまた車を動かし始めた。
やがてタクシーが遠ざかって行くまで、多くの警察官がポカンとした顔でその行き先を見つめているのだった。

「――ふぅ、大変な目にあった」
帰りの車中、ため息を吐いた基祐。
キョロキョロと周囲を見渡し、どこにも誰の姿もないことを確認してから――

「ああーっ、おっかねえ! 死ぬかと思った! まだ心臓バクバク言ってるようっ!もうやだ! 今日はこれ以上働くなんてゴメンだ! 怖い! 強盗怖い! 早く逢いたいよ姉さーん!」
一人で絶叫しながら、自宅へとひた走る基祐の空タクだった。

*

「てな感じで、強盗にはもう遭ってるのさ」
最後の本音は隠しながら、基祐の話は終わった。
いい酒を飲みながら語る武勇伝の味は格別のようで、彼にしては珍しく饒舌である。

「すごーい! 強盗にひるまず一人で撃退なんてかっこいいですね!」
「だろ? まぁ俺から金を奪おうってのがそもそも間違いなのよ」
「ですよねー! そしてまた、最後のこれがいいですよね!」
「ん、これって?」
「これですよ、これ」
静が、どこからかカセットテープを持ちだして再生ボタンを押す。すると流れてきたのは。

『今日はこれ以上働くなんてゴメンだ! 怖い! 強盗怖い! 早く逢いたいよ姉さーん!』
武勇伝とはかけ離れた、基祐の情けない声だった。

「な、なんでこれを……」
「強盗に遭ってる間、切ったように見せて無線機は入りっぱなしだったんですって?」
夜が基祐の疑問に相槌を打つ。

「証拠として警察が録音してたらしいんだけど、基祐、帰りの車中でも無線機切り忘れてたでしょ」
「あ」
「というわけで、基祐が心の底ではお姉ちゃんに救いを求めてたっていうのが丸わかりなのよっ」
「……」
小刻みに震えながら、基祐は一気に酒を煽った。琥珀の液体を飲み込んだっきり、顔を伏せてしまう。
覗き見えるその顔が赤くなっているのは、果たして酒のせいなのか。

*

歓談に興じているうちにも時計の針は動き続けていたらしい。三人が気がつけば、すっかり就寝時間を割り込んでいた。

「そろそろ寝ましょう。さ、基祐もそれ以上は体に毒よ」
「ふぁいよ」
あいよ、と言ったようなのだが、発音がはっきりしていない。このぶんだと、布団に倒れたら最後、翌朝まで起きないだろう。

「基祐さん、最後になんか、もう一つ面白い話はありません?」
酒が入っておらずナチュラルハイな静は、ヨレヨレの基祐の体を揺さぶる。

「んーそうだな。ええと……」
夜に肩を担がれながら、基祐はゆっくりと口を開いた。

「前に、酔っぱらいのおっさんを落葉ノ原まで送ったときのことなんだけど……」
「うんうん」
「どうも乗り物、特に飛行機とかのたぐいが苦手な人だったみたいでな。車内で気持ち悪くなっちゃったらしいの」
「はあ、有り得そうですねそういうことも」
「んで、もう我慢できないっていうの」
「基祐さんの男らしい体つきにですか!?」
「ちげーよ! 吐きそうだって言うから、冗談じゃない、窓から吐いてくれって言ったの」
「うええ……」
「その翌日だったな。多々さんがこんなことを言い出したのは」
「はい? 多々さん?」
「『大変だァ! 天変地異の前触れだァ! 昨日の夜、空から酸がぼくに降り注いできたぞォ!』って」
「……」
「もう寝ましょ」
「はあい」
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  1. 2012/02/10(金) 01:33:21|
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